「翼状肩甲」との違いから、肩甲骨の理想の動き「立甲」を考える

立甲と翼状肩甲 肩・上肢

肩甲骨を浮かすように動かす、「立甲(りっこう)」について何度か触れてきました。立甲とは、肩甲骨が肋骨から離れるほどの自由度を獲得することで、上肢(腕や手)の可動域の拡大、出力の拡大が期待できる、肩の理想的な状態とも言えます。

しかし、ただ肩甲骨が浮けば良い、というわけではありません。一部の筋肉の麻痺によって意図せず肩甲骨が浮き上がる「翼状肩甲(よくじょうけんこう)」を取り上げつつ、理想的な立甲という状態を考えていきます。

スポンサーリンク

前鋸筋の麻痺による翼状肩甲

翼状肩甲とは、下記のような状態を表します。

腕を挙上する時に肩甲骨の内側縁が浮き上がって、天使の羽根や折り畳んだ鳥の羽根のように見えるので、このように呼ばれます。

正常の肩では、腕を90度以上挙上するときには、上腕骨と肩甲骨の間の肩関節だけでなく、肩甲骨の内側で内側縁に起始する前鋸筋や肩甲骨棘~肩峰に停止する僧帽筋の働きで、肩甲骨が胸郭の外側を滑るように前方に移動し、かつ下端(下角)が更に上方に回転します。
前鋸筋が麻痺すると、肩甲骨の内側縁が浮き上がって翼状肩甲骨となり、腕を前方へ挙上できなくなります。

日本整形外科学会「翼状肩甲骨(翼状肩甲)」

 

肩関節には多くの筋肉が関与し、それらの複合的な動きによって、上肢の運動が成り立ちます。肩を構成する筋肉のうち、前鋸筋(ぜんきょきん)という筋肉に麻痺が起こると、翼状肩甲になってしまいます。

翼状肩甲の原因と診断

一般的な例では、テニスのサーブ、ゴルフのスイングなど、脇(前鋸筋部)を強く・長く伸ばすような刺激によって起こります。これは、前鋸筋をつかさどる長胸神経が麻痺を起こすためです。また、リュックサックなどを背負って腕が下に牽引されるような状態も、肩甲骨と胸郭(肋骨など)によって長胸神経が圧迫・絞扼され、翼状肩甲を引き起こします。

スポンサーリンク

前鋸筋の柔軟性が重要な立甲

前鋸筋の麻痺によって起こる翼状肩甲とは違い、「立甲」では前鋸筋の柔軟性と収縮力が重要になります。

ただ「立甲」を目指すのは危険

見た目のインパクトから、肩甲骨を浮かせる立甲は魅力的にうつります。しかし、「肩甲骨を浮かせる」ことと、「肩甲骨が浮いてしまう」ことは大きく違います。

女性や子どもなどで、前鋸筋を含む肩甲骨を支持する筋肉が未発達な場合、肩甲骨は簡単に浮きます。しかし、それは正しい立甲の状態とは言えず、翼状肩甲に近い状態と言えます。

前鋸筋の収縮力も不可欠

立甲では、前鋸筋の柔軟性だけでなく、収縮力も重要です。この場合の収縮力というのは、簡単に前鋸筋の「筋力」と考えて問題ありません。肩甲骨が浮かんだ状態だけでは機能的な立甲はまだ不十分です。立甲の状態を保つ柔軟性と、そこから肩甲骨や上肢を動かす筋力をつけていくことで、より理想的な立甲に近づくことができます。

立甲した状態で前鋸筋を収縮させる

手や肘をつき、肩甲骨を浮かせる立甲の状態から、前鋸筋を収縮させてみましょう。肩甲骨と胸郭(肋骨)の隙間がなくなり、肩甲骨が胸郭にくっついた状態にもっていきます。

立甲と前鋸筋のオンオフ

立甲の姿勢をとること自体は、前鋸筋の柔軟性があればある程度は可能です。しかし、それだけでは前鋸筋が伸張されているだけで、前鋸筋の動きをコントロールできていません。また、肩甲骨の動きも、自由にできているわけでもありません。

立甲の状態と、前鋸筋に力を入れた状態を繰り返し行うことで、前鋸筋のトレーニングを行うことができます。肩甲骨や腕の運動には、前鋸筋が適度に収縮することが不可欠です。

立甲した状態でハイハイをする

肘づきやハイハイで進むことで、立甲した状態を維持したまま、前鋸筋の筋力をつかって体を動かす感覚を養うことができます。

先述した通り、ただ単に肩甲骨を浮かせるだけでは、立甲の獲得とは言えません。肩甲骨を浮かせ、自由度が高い状態で、肩や腕の運動を伴うことで、前鋸筋を始めとする肩周りの筋肉をしっかりと動かすことができます。

人間の動きの理想を考え、ずり這いやハイハイの重要さを説いている先生は多くいます。特にナチュラリゼーション創始者の松本淳先生の考えは、現代の人間の骨格構造や、発育段階に獲得する運動などからずり這いやハイハイの重要性を早くから認知していました。また、発生学的に、人間にとって理想的な動きなども考え、独自の知見やトレーニングは斬新ながら説得力があるものばかりです。

おわりに

今回は、前鋸筋の麻痺や弱さによって起こる「翼状肩甲」という観点から、立甲の動作獲得の注意点をまとめてみました。

肩甲骨が浮かび上がる様子を、「肩甲骨はがし」や「羽が生えたみたい」と言い、その姿、形だけを真似してしまいがちです。しかし、そうした状態が肩甲骨の自由度や運動のエネルギーにつながり、腕や手の動きにつながることが、立甲の最も重要な点です。

姿、形は似ているけど、実際の内容は違うものに、「開脚」と「股割り」があります。どちらも脚を開いていく運動ですが、意識すべき点はやはり異なります。立甲も、股割りも、ぱっと見のインパクトが大きいだけに食いつきやすい運動ですが、しっかりと中身を理解して取り組みましょう。

 

鍼灸指圧治療院あたしんち

コメント